坂本すが先生

 公益社団法人日本看護協会会長。東京医療保健大学医療保健学部看護学科学科長・大学院看護学研究科教授。日本医療マネジメント学会理事。和歌山県出身。昭和47年和歌山県立高等看護学院保健助産学部卒業。和歌山県立医科大学附属病院に助産師として就職し、その後関東逓信病院(現NTT東日本関東病院)などに勤務する。

 平成5年日本看護協会看護研修学校管理コースを修了。その後青山学院大学経営学部経営学科、埼玉大学大学院経済科学研究科博士課程後期を修了。経済学博士。

 厚生労働省の「チーム医療の推進に関する検討会」委員、「中央社会保険医療協議会」専門委員も歴任するなど幅広くご活躍されている。

 看護者と患者、病院、地域など看護をとりまく人と人の「連携」のあり方、医療の安全活動看護の標準化についての研究を行う。

 

 

1.看護職を選んだ理由

 私は元々物理の教師になりたかったのですが、進学がうまくいかず、「保健師になったら?」という母の言葉がきっかけでこの道に進みました。地元・和歌山の県立の看護学校で看護師の免許を取得し、続いて保健師の資格を取ろうと進学したのが助産師と保健師の資格を両方取れる学科だったので、両方の免許を取得しました。ですから、就職するときには、保健師、助産師、看護師という3つの選択肢があったのです。母の言葉もあったし、自分でも、地域の人々を支えることができ、仕事の範囲も広い保健師は向いていると思っていたのですが、結局は友達と一緒に、県立の大学病院に助産師として就職しました。

仕事を始めたばかりのころは、看護職として世の中のためになろうといったこともあまり感じていなかった気がします。でも、若いころには分かりませんでしたが、看護職を続けるにつれ、その人の身体と心のこと、家族や家の事情、経済面や社会的な状況など全てを支えることのできる看護ほど偉大な仕事はないと思うようになりました。学生の皆さんにも、「看護の道を選んでよかった」と思ってもらいたいです。

 

 

2.職業上のメリット、デメリット

 看護職は専門職なので働く場所が多く、そしてニーズが高いです。医療・看護という専門知識を身に付けているので、どこにいても学習し続け、より多くの知識・技術を得ることができ、それがさらに深いケアにつながります。そういう意味で看護職としてキャリアを積んでいくメリットは多いと思います。

多くの看護職は病院や診療所で働いていますが、それだけでなく、訪問看護ステーションや介護施設もあります。これからは医療のかたちも変わっていくので、地域や在宅で働くことも視野に入れてほしいですね。そのほか製薬会社や医療機器を扱っている企業でも働けるし、専門性を生かして起業することも可能でしょう。海外での看護に携わることもできます。自分の頑張り次第で、幅広く、深くキャリアを積んでいくことができます。

 逆に看護職の大変な点として、病院で働く場合は、夜勤など24時間対応の仕事なので、肉体的にややつらいところがあります。

でも私は、自分が病院に勤務していたころのことを考えても、夜勤をデメリットと感じたことはありませんし、変則的な勤務の利点を生かして、休みを満喫したり勉強に励む人も多くいます。メリットと捉えるかデメリットと捉えるかは人によって違うでしょう。仕事の特徴をうまく生かして、自分なりに無理のない働き方、やりがいのある働き方を見つけてもらいたいです。

 

 

3.頼りになった一言、つらいときどう乗り越えたか

 病院で働いていたときのことですが、主任のころは、つらくて辞めたいと思ったことがありました。なぜなら、管理的な立場として看護師長からいろいろ指示を受けますし、スタッフナースの人たちからもいろいろな要求や相談があります。上下の板ばさみになり、なかなか自分の思うようにいかない時期でした。

そんなとき、知り合いのある女性から言われた「今を乗り越えなければ次はない」という言葉が心に残っています。つらい時期を乗り越えてこそ、次へ進めるということです。本当にこの言葉の通りで、その後、看護師長になってからは仕事が楽しくなりました。自分の理想に向けて病棟をマネジメントしていけるのですから。看護やマネジメントに興味が出て、一生懸命勉強しました。

 人間は、自分が嫌なことを無視したり避けたりしがちです。でも、そういうことも大事にしないといけません。人生が思い通りに進むことは、まずあり得ないですよね。でも、それがとても面白いし楽しいのだと思います。

 

 

4.他職種との関わりで心がけていること、難しいと感じること

 看護職とは、私なりに考えると瞬時に手が出る職業です。「患者さんが危ない!」と思ったときや「何かつらそうだ」と思ったときはさっと動くし、的確なケアができます。これは、患者さんの身体や気持ちの微妙な変化を察知できる看護職ならではの特性だと思います。

 しかし、なぜそういう対応をしたのかと尋ねると、なかなか論理的に答えられないことがあります。看護の考え方には伝えづらいものもあるのです。でも、看護職が他の職種と協働していくためには、看護の考え方や自分の考えを論理的に伝える能力がなければいけません。そうでないと一緒に仕事などできないでしょう。

医療職一人一人が「患者さんのために」と思っていると思いますが、その気持ちだけではうまくいきません。看護職の患者さんに対する見方や思いは、看護の専門知識に基づいた見方や思いであって、他の職種もそれぞれ、その職種なりの見方や思いを持っています。そのずれを埋めるプロセスを大切にしなければいけません。黒か白かという考え方ではなく、選択までの過程はグレーで、考えなくてはならないものがたくさんあります。ずれを埋めるためにも専門職同士が話し合いの場に立つことが大切です。

 

 

5.ワーク・ライフ・バランス(WLB)について

 私は和歌山から東京にきて、NTT東日本関東病院(当時は関東逓信病院)に就職したのですが、決め手の一つになったのが、そのころまだ珍しかった週休2日制だということでした。休みがしっかり取れ、夜勤も無理なく組んでくれる病院ということで就職してみると、妊娠しても子どもを産んでも、働き続けている看護職が多くいました。

 学生の皆さんの就職先選びは、初任給や研修体制は気になっても、お給料の将来的な伸び率、勤務体制やどれだけ休日があるか、離職率はどのくらいかといったことにはあまり目が向かないのではないでしょうか。これから大活躍するはずの皆さんでも、職場の選び方一つでやりがいも出れば、うまくいかなくなることもあります。労働環境をよく調べて、自分でしっかり選んでほしいものです。

 看護職の働く環境の整備については、日本看護協会もかなり力を入れ取り組んできました。2013年には、その成果の一つとして「看護職の夜勤・交代制勤務に関するガイドライン」を公表しました。病院で働く看護職を対象に、組織と個人それぞれの立場で勤務環境を改善するヒントをまとめています。

 労働環境の改善は、働く本人、雇い主、現場の管理者の三者がそろって労働安全衛生環境を整備することの大切さを認識しなければうまくいきません。そのためには、病院全体でムーブメントを起こす必要があります。

みんなが働き続けられる病院になると、患者さんの満足度が上がったり就職希望者が増えるなど、さらによい結果が出てくるというのがWLB改善に取り組んだ病院を分析した結果にも表れています。その改善に向けた取り組みをサポートしようと、日本看護協会では、病院一丸となってPDCAサイクルで継続的に取り組んでもらう「看護職のWLB推進ワークショップ事業」を全国規模で行っています。

 

 

6.キャリアアップについて

 私は助産師として和歌山県の大学病院で働き始めましたが、自分がこれからどうなっていくかは想像もしていませんでした。ただ、常に今あるものに疑問を投げかける姿勢で仕事をしていた気がします。

和歌山で数年働くうちに、最先端の病院の産科で働きたいと思うようになり、東京の病院に移りました。そこで看護師長になり、助産ではなく看護管理をする立場になったときのことです。がん患者さんの亡くなるまでのプロセスに関わったり、身を削るように患者さんに関わるスタッフを見て、そこで初めて「ああ、看護を学びたい」と思いました。同時に「今まで、何かを徹底的にやったことがあっただろうか」と自問してみると、思い当たるものがありませんでした。そこで、徹底的に看護を学んでみようと思ったのです。40歳を過ぎてからのことです。

それから徹底して勉強しました。看護管理の研修コースに1年通い、マネジメントの面白さを知って、その後、大学の経営学部で学び、さらに大学院では経済学を学びました。今は日本看護協会の会長ですが、それも目指してきたのではなく、思いもしなかった立場です。「こういう人になろう」という動機ではなく、目の前の事象を受け流さず、課題として認識し、目の前の課題に対し、「これってどうにかならないの」「本当にそうだろうか」という発想で取り組んできたことが、現在までのキャリアにつながっているような気がします。

 自分はどうしたいか、どうなりたいかということよりも、人のために何ができるか、どうしていくべきか。まず人のことを考え、取り組める仕事こそ最高の仕事です。その点で、看護は本当に意義ある仕事だと思います。

 

 

7.学生へのメッセージ

 学生のうちにたくさん本を読んでほしいです。本を読むと考え方が広がります。旅をしたり、こうしていろいろな人に話を聞いてみるのもいいですね。振り返ったときの財産になるはずです。

 それから、ハラハラドキドキするようなことをしてみてください。人はハラハラするような状況にならないと、真剣に考えないからです。「これは問題だ」と感じたときに、自分というものが問われます。そして、最終的にあなたが判断して生きてきた人生があなたの後ろにできていくのです。

 また、これからの看護を背負うリーダーになる皆さんには、看護職としていいケアをしたら、それが多くの人に行き渡らせる方法も考えてほしいです。目の前の患者さんによいケアをして、「○○さんがよくなった。よかった」というだけでなく、たくさんの人がそのよいケアを受けて幸せになれるようなシステムづくりが大切です。

 リーダーの資質とは、多くの人が幸せを分かち合えるように取り組めることです。そのことを覚えておいてほしいと思います。グッド・ラック!