羽田真博先生(看護師・理学療法士・介護福祉士)

「反省は深く短く、仲間と共に進んでください。仲間や人との繋がりが一番大事。」

学歴

20023月:慈恵福祉保育専門学校 介護福祉学科 卒業

20063月:日本医療福祉専門学校 理学療法学科 卒業

20123月:蒲郡市立ソフィア看護専門学校 看護学科 卒業

20134月:武蔵野大学 看護学コース 入学

 

職歴

20064月:医療法人 仁斎会 国府病院 理学療法士

20069月:医療法人 幸会 介護老人保健施設五井の里 理学療法士(非常勤)

20094月:医療法人 羽栗会 羽栗病院 理学療法士(非常勤)

20124:岡崎市民病院 看護局 看護師

20141協和ケミカル株式会社入職 

 同年5月:キョーワ訪問看護リハビリステーション 寄り添い屋開設http://www.yorisoiya.net/

      看護師・理学療法士・介護福祉士/マネージャーとして日々、奮闘中!!

 

1.三つの領域での経験(介護福祉士・理学療法士・看護師)
介護福祉士としての経験・想い
 介護福祉士としての実務経験はありません。アルバイトやボランティアくらい。といっても、常勤職員と変わらない仕事はしていましたが。介護福祉士養成校に入ったのは、介護に興味があったからではなく、家族含め周囲の大人が敷いてくれたレールに渋々乗った感じです。当時は、大学進学に興味がなく、カリスマ美容師ブームもあって、美容師になりたかったのですが、不純な動機以外の志望動機はなかったので、それを見透かされたのでしょうね。その選択肢は認められませんでした。指定校推薦を貰えるし、受験勉強も大してしなくていいなら、まぁ介護でいいかという感じで。祖父母と同居していたので、高齢者と関わることに抵抗はなく、介護についても「話し相手や将棋の相手をしたらいいんでしょ」くらいの認識しかありませんでした。現実は全く違いましたけど(笑)。

介護は介護でやりがいもあり、愉しかったのですが、実習で理学療法士に出会って、担当している利用者さんが目の前で変わっていくことを目の当たりにして・・・。色々と説明は受けましたけど、その説明はとても難解でさっぱり理解できなくて、漠然ともっと知識を付けないといけないなと感じました。理学療法士の人に対する細かい視点は当時の僕にはすごく魅力的で圧倒的でした。そこで感じたのは、知識がないとできないサービスがあるということ。この出来事をきっかけに、理学療法士になりたいと思いました。不純な動機は一切なく(笑)。

今でこそ、色々と知識は増えましたけど、社会人としての接遇の基本や人としての優しさの礎を僕に与えてくれたのは、当時の先生方ですね。叱られたことも多かったですけど、そこには必ず愛情がありました。卒後12年経過して、やっと母校に僅かながらの恩返しが出来るようになりましたが、まだまだこれからだと思っています。

 

理学療法士としての経験・想い

 理学療法士としての病院勤務時代は『認知神経リハビリテーション』を主に学

びました。上司が認知神経リハビリテーション学会の理事で、そういった上司や先

輩セラピスト、他病院の先輩セラピストの方々とのディスカッションは物凄く勉強

になりました。同期のセラピストよりも何倍も濃い日々を過ごせたと思っており、

その部分に関しては、今でも非常に感謝しています。日々の濃さを例えるならば、

低脂肪牛乳と特濃牛乳くらいの差。あ、バナナジュースは特濃牛乳で作った方が美

味しいですよ。全くの余談ですけど。

 研修でイタリアへも行かせていただきました。そこで出逢った方々は物凄くバイ

タリティーが溢れていて、良い刺激を受けました。今でもお世話になっている方が

います。おかしな話かもしれないですが、研修で感じたのはセラピストとしての学

習範囲を脳・神経科学ばかりに比重を置くことに対する危機感です。多くの方は研

修後にもっと没頭するのでしょうけど、僕は基礎の積み直しをしなければと強く感

じましたし、多角的な視点を求めるようになりました。それもイタリアに行ってす

ごく良かったことだと思っています。

 病院で勤務をしていて一番感じたのは組織マネジメントの重要性。組織にはリー

ダーから、縁の下の力持ちまでみんなが役割を分担しなければいけない。色々な失

敗から自分の立ち位置をよく考えることが出来ました。当時を振り返ると、生意気

で刺々しく痛々しかったなと・・・(苦笑)。

 病院在職期間中、縁あって老人保健施設で非常勤勤務もさせていただきました。

ここでは病院とは違う環境に苦しみました。いわゆる維持期・生活期にあたる利用

者さんや、他職種からのリハビリテーションに対する理解や見方が勤務先の病院ス

タッフや患者さん達とは違うわけです。機能回復を求められる事も少なく、没頭し

てきた認知神経リハビリテーションだけでは通用しない場面が多いことを感じさせ

られました。「在宅復帰への中間施設でしょ!!」って張り切ったところで、現実

はそうではなかった。社会問題ですね。脳・神経科学だけでは足りないという感覚

も、ここでの経験が1つの因子となっています。

 その後、縁があって元々強い興味を抱いていた在宅分野での非常勤勤務の話を頂

き、そのタイミングで看護師養成校へ入学しました。

 

看護師としての経験・想い

 看護師を目指した理由は、理学療法士時代に出逢った看護師さんの多角的な視点

に感銘を受けたことが大きく影響しています。その看護師さんは、部屋の温度・湿

度から呼吸・循環、栄養、睡眠状況等々までこと細かく看ておられ、それらの多角

的な視点を加えたらより良いリハビリを提供できるのではと強く感じていました。

また、当時は、当たり前のようにリハビリが出来ると思っていましたが、看護の勉

強を始めてみて、そうではなかったのだなと気付きました。看護師さんにリハビリ

を行う環境の一部を創ってもらっていたのだなと。大反省しましたね。ですので、

その教育課程を経ることが出来たのは大きな財産になっています。解剖生理の授業

では、理学療法士としては学ぶことの少なかった呼吸器・循環器・消化器などの基

礎の積み上げが出来ましたし、同級生や後輩に夏期講習のような形で授業をさせて

いただけたことも大きな財産ですね。

 一方で、カルチャーショックが大きすぎて戸惑うことも多くありました。女性社

会もそうですが、教育手法も全然違いましたから。若い世代との交流も然り。勿

論、今となっては、全て糧となっていますけど、当時はそれらの一部を否定しない

と自分が信じてきた常識みたいなものが崩壊しそうで大変でした。

 看護師としては卒後、公立の3次救急病院に勤務しました。そこでは脳外科を中

心とした外科病棟、救急外来、検査部門を経験させていただきました。理学療法士

としてのサブスキルがあるのにも関わらず、それを大いに活かせられない環境に苦

悩しましたし、技術の低下を感じたときの焦りは大きかったですね。公立というこ

とで、理学療法士としての活動も民間と比べ色々と制限が多かったため、得たもの

は多かったですが、失ったものも多かったように思います。看護師の労働環境や組

織マネジメント、それに対する当事者達の考え方に悶々とすることも多かったです

が、一方で、職場には我儘ばかり申し上げて色々な事を経験させていただいたので

非常に感謝しております。僕のような変わり者の世話をしなければならなかった、

3人の師長を始め、プリセプターやスタッフの方々には特に感謝しています。

 

2.在宅医療へ進んだ理由
 僕が20歳の頃に亡くなった祖父の死の形が影響しています。愛くるしい孫の僕を愛人に預けるような破天荒な祖父でしたが、最後は祖父らしくなかった。ゴルフ場のグリーン上で倒れ、救急搬送。その後、10日ほど生かしていただき、そのまま病院で最後を迎えたのですが、どうも祖父らしくない。個性が全くない。じぃちゃんらしさがない。なんか納得がいかない。畜生。そう思ったのがきっかけです。
 人生の始まりは選択できないけど、事件・事故等で無い限り、終りはある程度選択できるはず。自分も家族も自分らしく逝けるようにしたいなと思いました。僕自身、逝く事に対しては前向きに考えています。友人・知人、その家族もみんなそう。ステキな生き方をしつつ、その中でより良い逝き方を迎える準備をし、その日を迎えてもらいたい。そう思ってこの道を決めました。生き方に個性があるなら、逝き方にも個性があるべき。自分自身が自由人だから、そうあってほしいと強く思うし、それを形にするために多くの方の支えの中で色々と準備をしている途中です。訪問看護事業に囚われることなく、逝く間際に後悔しないようにサポートが出来る事業展開をしたいですね。2025問題もありますが、そこの世代だけをフォーカスするつもりはなく、自分の世代も次世代に対しても形として遺せたらなと思っています。

 

3.トリプルライセンスのデメリット

 こうやって色々な資格を取ると相応に時間とお金がかかります。費用対効果の観点からはあまりお勧めできないと思います。実際に働いてみても、職種毎に価値観や労働内容・環境も大きく違うので、大変でした。求められる正解が違いますから。それに自分が学んだことすべてを活かせる場所は、なかなかありません。自分で開拓するしかない。あとは人間関係。組織からすると「あなたどっち側の人間なの?」となりますしね、実際に面と向かって言われた事もあります。僕としては、そんなことはどうでもいいのですが(苦笑)。

 年収もトリプルライセンスだからトリプルライセンス分とはいきません。そんな都合の良いことはない。資格さえ持っていたら認められるなんて考えは大きな間違いですし、持っているから偉いとか凄いとかではないです。これはシングルライセンスでも一緒で、資格は活かし、周囲に還元して初めて価値が出るものだと思っています。自分次第ですね。

 

4.ワークライフバランスについて

タフさには自信があります()。日勤後、そのままフットサルをして、夜勤へ。なんて日もありました。3次救急病院って、倒れてもすぐに助けてもらえる環境ですからステキですよね。()
 やはり、オンとオフの切り替えはした方がよいかと思います。これは仕事が愉しいと思えていたら意識せずとも出来るような気もしますし、今、それが出来ているので色々なことに挑戦できているのだと思います。仕事って給料だけではないですし、労働内容・時間だけでもない。いかに愉しさを見いだすか。そしたらバランスはとれるのではないでしょうか。そもそも、自分自身の環境を整えることは大事だと思いますね。それも仕事の一部というか。自分が心身共に健康じゃないのに良いサービスなんて提供できないでしょ?食う・寝る・遊ぶ・ドキドキする。これ大事。

 

5.キャリアアップについて

キャリアアップを、どのように捉えるかですが、私の考え方は組織内での出世≒キャリアアップという捉え方です。というのも、特に介護・看護業界は顕著なのですが出世すると夜勤や残業手当が無くなり給与が下がるという非常に理解に苦しむキャリア体系になっている病院、施設が少なくないのです。出世に伴い、安い管理職手当は付くものの、それ以上の責任と業務量が増える。僕は、そういうのは嫌です。そんな魅力のないキャリアモデルで誰が頑張るの?って。人財が育つの?って。そういった想いもあり、私が所属する組織に於いては、管理職になって給与が下がるということがないようにしたいですね。

これまで経験を積み重ねてきた過程で「見る・視る・観る・看る・診る」といった多角的な視点が身に付きました。職種は違えども、救急医療から維持期医療、老健、特養、在宅まで色々な領域で学ぶ機会を与えていただけたからだと思っています。多様な「み方」が出来ることは、マネジメントにおいても、在宅医療に携わる際にも非常に役立っています。昨今、流行病のようにチーム医療!!チーム医療!!連携!!連携!!と言われますが、現状は、領域や職種毎で結構な壁や溝があるわけで。で、その煽りを受けるのは患者さん・利用者さんとその御家族。僕は経験知や実践知に基づく、多様な「み方」を伝えることで、多少なりともそれらを今よりもシームレスな関係性にしていくことができると思っています。現時点で少なからず他職種間、領域間の架け橋になれることは実感しているので、職種毎、領域毎の言葉や思考の壁・溝を解消できるようなコミュニケーションを促せるような働きかけを今後も行っていきたいと思っています。
 救急外来勤務時、「なんでここまで悪化してから運ばれてくるの?」、「本当に全力で蘇生すべきなの?もう、穏やかに逝った方が幸せなんじゃないの?」と感じる場面が多々ありました。そのような経験から、在宅医療の立場から疲弊している救急医療を支えたいとも思っています。医療・介護財源的にも不必要な搬送、治療は減らすべきです。ここは言い切ります。絶対に減らすべき。ですので、予防の部分は勿論、死に対する前向きな準備を仲間と一緒に地域に提案・発信できたらなと思います。これは、そういう過程を踏んで来させてもらえた僕のミッションだと勝手に思っています。微力ではありますが、仲間と共に在宅医療の現場から患者さんやその家族を守っていきたいですね。

個人としてのキャリアアップは在宅医療や連携、救急医療に対する想いが、組織に波及し良い形で具現化していけば、それが自ずとキャリアアップに繋がっていくと思っています。よって、今は素敵な未来を想像しつつ、目の前のことを精一杯取り組むのみですね。

 

6.学生へのメッセージ

今の僕が在るのは想いを聴いてくれた人達が沢山いたからです。僕のような経歴だと、資格コレクターだとか中途半端なやつだとか、そう見られることもあるのですが、色々な考えの上で今こうしているっていう想いを聴いてくれる、求めてくれる環境があったことが良かったかなと思っています。

この記事をここまでお読み頂いている物好きな方々は既にお気づきでしょうが、僕の生き方はマジョリティではありません。周囲の人に非常に恵まれたからこそ、この道を歩めています。1つ1つの出逢いを大切にしてください。

僕と似たような道を歩みたい方、興味がある方は御一報を。僕でよければお話しを聞かせていただきます。お金とか、周囲の理解とか、あとお金とか色々と大変ですから(苦笑)。
 今後の医療財源、介護財源の行く末を考えると、保険診療内だけで物事を考えている医療福祉関係職種の多くは、今後、金銭的な部分では、あまり良い待遇を受けられないかもしれません。根本的に医療・介護制度が変わらないままなら、受け身のビジネスモデルではジリ貧でしょう。歯科医院、調剤薬局は既に淘汰される時代になってきていますし、中途半端な機能の病院も厳しい時代になってきました。ですが、医学的知識は日常で物凄く活きるので、お金だけではない価値があると思います。それに、泣いて感謝される仕事って、なかなか無いですしね。勿論、感謝されるためにやっているわけではないのですが、やはり感謝されると嬉しいですよ。とても、ステキな仕事だと思います。

ここを見られている方の多くは20代前後の方々だと思います。若い間は特に自分自身でいくらでも環境は変えられます。自分の価値を高めるために、自己投資を惜しまないでほしいと思います。他人や外部環境のせいにせず、兎に角アクションを起こすことが大事だと思いますよ。失敗しても「若さ」で許されることも多いですから、そのメリットを最大限に生かしてほしいですね。僕なんて、30歳過ぎて、やっと思い描いていた方向に歩き始められるようになったわけですから、周囲に心底嫌われる程の迷惑を掛けない範囲で好き勝手にやったらいいんですよ。きっと、助けてくれる大人がいますから。現状、助けてくれる大人がいない人は、気の合う同世代ばかりと行動をしているのでしょう。それはそれで居心地がよいでしょうし大事だと思います。ただ、一方で出会いが減り、視野狭窄をおこしがちになり、チャンスも増えにくいというリスクも抱えています。世代や業界が違う繋がりも大事にしてほしいと思います。

兎に角、愉しさを見出しながら色々なことに貪欲な興味と向上心を持ってトライ&エラーを繰り返しましょう。そういう人は、なんとかなるし、周囲の若者もなんとかなっているように思います。僕もなんとかなってきた。僕ら世代なんて自らリタイアしない限り、絶対に60歳で定年なんてありえないわけですから、20代で守りに入るのは勿体ないなと感じますね。

最後に・・・。

もし興味があれば、是非、弊社事務所http://www.yorisoiya.net/にも見学に来てください。非常にキャラクターの濃いスタッフを揃えておりますので、話をするだけでも愉しいと思いますよ。状況によっては、そのまま採用したいと言うかもしれません。出逢いって、そんなものですから。