裵 英洙先生

医師、医学博士、MBA.メディファーム株式会社代表取締役社長

 

1.外科医、病理医、起業をした理由

 

患者を全身的に診ることができ、直接的に人を救うことができる達成感が味わえる外科医に魅力を感じていました。医学部卒業後は迷わず一般外科に入り、のちに胸部外科に進みました。ところが、外科医をしばらく続けていると、腫瘍が胸腔内へ播種しており手術適応とならない症例等にも出会うようになります。外科医の力不足を痛切に感じ、失意のまま手術創を閉鎖するということも経験しました。そんな中、尊敬する外科医から病理医の道があることを教えられました。病気の根源をみてより多くの人を救える可能性を感じ、再度、病理のプロフェッショナルとなるために大学院で勉強を始めました。

 

病理医は、精神科を除くほぼすべての診療科の最終診断を担うため、各科の部長の先生方と診断のための議論をします。そのような上層部との議論の機会を通じて、病院経営の悩みを耳に挟むようになりました。そこで、病院を"治す"ことができれば一医師としてよりもさらに多くの患者を救えるのではないかと考えました。そして、病院経営を学ぶために慶應ビジネススクールに入学し、MBAを取得したのです。

 

MBA取得後は、臨床医として病院に戻る・厚生労働省等に行き政策に携わる・コンサルティング会社に就職する、などの選択肢がありました。厚生労働省をはじめとした行政関係は私の韓国籍のため難しく、また、臨床医に戻った場合は臨床が楽しいので夢中になってしまうと考えやめました。コンサルティング会社は医療の専門家が不在のところが多く、医療にそれほど情熱をもっていない会社が多かった印象がありました。そこで、自分がしたいことを実践できる場所がなかったので、自ら職場を創る=「起業」という道を選びました。

 

 

2.外科医、病理医のメリット

 

外科医:患者を診断から治療、術後経過まで全てみることができることです。また、手術によって直接患者を救う達成感があるという点です。さらに、治療の答えが速いというのもメリットに感じました。

病理医:精神科以外の疾患を全て扱う科であり、実際にアメリカでは病理医はDoctor's Doctorと呼ばれ、尊敬されています。専門性が高く、かなりの疾患の最終診断を担うため、他科の部長クラスのベテラン医師と対等に議論ができます。また、形態学という動かない証拠を持っている強みがあります。病理医の先生方の多くは、誰にも負けない知識、技術を持っており、日本の癌診療における最終診断を担っているというプライドを持っていてカッコイイと思います。病理医がいないと、日本にいるこれだけ多くのガン患者を診断することはできないでしょう。

 

 

3.研修医のときの苦労、辛いときどのように乗り越えたか

 

外科医時代も病理医時代も多忙を極めていたので医学書以外の本を読む時間がなかったことです。本を読むことが好きで、特に若いときは何でも吸収したい時期で様々な分野の知識を得たかったのですね。また、医師は専門性が高いため、キャリアを積むと将来はこういう人間になるんだというのが想像できてしまうことがあり、「このままでいいのだろうか」というぼんやりとした焦燥感や恐怖心がありました。

日々の忙しさやストレスをどのように乗り越えたかについては、日々笑顔でいることを心がけました。体がしんどい時でも、意識して笑っていると気持ちも前向きになります。体と心はつながっているので、顔で笑って心が落ち込むことは難しいのです。「笑う門には福来る」をモットーに乗り越えていたと思います。研修医のバーンアウトなどもニュースでありますが、そのような方々は笑顔が少ないように思います。どんどん自分をマイナスに追い詰めていくのではないでしょうか。

 

 

4.他職種との関わりで心がけていること

 

職種・性差・学歴・年齢などを問わず、相手に対する尊敬の心をもつことです。そうすると相手に興味をもつことにつながります。「万人、我が師」と思って接するようにしています。

 

 

5.ワーク・ライフバランスについて

 

厳しい言い方ですが、人の命を預かろうとしている志高い若い医師がワーク・ライフバランスを考えている時点でやや矛盾しているのではないでしょうか。「ワークはしんどい、ライフは楽しい」というような画一的な考え方には抵抗を感じます。仕事の中での“しんどさ”と“楽しさ”は共存します。そういった意味で私はワーク・ライフバランスという考え方はあまり好きではありません。

もちろん、望んでいないワークに従事することでライフが犠牲になることは避けなければなりませんし、個別理由でライフのことを優先しなければならない場合は当然この限りではありません。

一般的に、医師は科や病院を比較的自由に選べるので、ある一定期間、努力するとその後は余裕が生まれるので自然とライフの時間をとることもできると思います。「ある一定期間の努力」を経ずに、若いうちからバランスばかりを考えていると、年取ってからアンバランスになりますよ(笑)。

 

 

6.医師のキャリアアップについて

 

キャリアアップには、ロールモデル重視型と開拓型の2つの段階があると思います。若い時はロールモデル重視型でいいでしょう。私もそうでした。ロールモデルを何人か見つけて、尊敬する人の結晶化した素晴らしいものを真似て盗んで自分のパーツにしていけばいい医者になれるかと思います。

私は、そうして医師のロールモデルを見つけて吸収していくうちに、既存の医師にはない資質を求めるようになりました。そして、次のステップとして、開拓型のキャリアアップを目指すようになりました。開拓型になると、新しいことに挑戦したり他分野での可能性に賭けたり、枠外に出ようとする気持ちがどこかの時点で芽生えると思います。能でいうところの「守・破・離」でしょうか。

それともう一つ、特殊なキャリアを経験してきた者としてお伝えしたいことは、医学部を卒業していきなり違う世界にいくのは勿体ないということです。ある一定期間は医師の生活にどっぷりとつかったほうが、次の世界にいったときも後悔がないと思います。医師は臨床の現場に出て患者さんの傍らに寄り添い、汗をかいて涙を流すことがいずれ自分自身のvalueになります。この大きなチャンスを自ら捨てるのは勿体ないと思います。しばらくやってみてどうしても合わないと感じたときにやめるのは仕方ないですが、それまではチャレンジしてみる方が得るものは大きいと思います。

 

 

7.学生、若手医療従事者に向けてメッセージ

 

「日々、学び」ということです。学ぶ上で大切なのは、“warm heart”と“cool head”。どちらか片方ではダメで、両方が必要です。warm heart とcool headがあればどの分野でも活躍でき、どんな逆境にも対応できると思っています。warm heartは医師を志す人なら誰でも少なからず持っていると思います。cool headは、死ぬほど勉強したら身につきます(笑)。私自身もビジネススクールでは全くゼロからのスタートだったので同級生の誰よりも勉強した自信があります。(裵先生は首席で卒業されました。)また、自分を磨くために自分が周囲より明らかに劣っている分野や厳しい環境に身をおくとcool headは高速で身につけられます。

そして、99%は自力で必死に努力しますが、最後の1%は他力本願だということです。ベストを尽くしてもうダメだと思ったときに、いままでお世話になった方や自分を信じて応援してくれている人のことを考えるのです。そうすると、力が湧いてきて最後の1%を乗り越えることができると思います。